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東京地方裁判所 平成3年(ワ)4044号 判決 1996年12月19日

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

一  主位的請求

被告らは、東京電力株式会社の設置する福島第二原子力発電所三号機について、同発電所長その他の運転員らに対して、同機原子炉の運転の継続を命じてはならない。

二  予備的請求

被告らは、東京電力株式会社の設置する福島第二原子力発電所三号機について、(一)原子炉再循環ポンプ(B)の水中軸受を一体遠心鋳造型のものに交換し、(二)原子炉再循環ポンプ(B)のケーシングを新品と交換し、又は(三)原子炉再循環ポンプ(B)に配管からの荷重がかからないように原子炉再循環系(B)系配管の工事をやり直すまでの間、同発電所長その他の運転員らに対して、同機原子炉の運転の継続を命じてはならない。

第二  事案の概要

本件は、東京電力株式会社の株主である原告らが、同社の設置する福島第二原子力発電所三号機(以下、「本件原子力発電機」という)の再循環ポンプに事故が発生したことから、同発電機は事故再発の危険性が極めて高く、その運転の継続を命じることは電気事業法三九条一項、商法二五四条三項(民法六四四条)及び同法二五四条の三に違反し、これによって東京電力に回復すべからざる損害を生じる虞れがあると主張し、商法二七二条に基づき、同社の取締役である被告らに対し、同発電機の運転の差止めを求めている事案である。

一  前提となる事実

1 当事者等(争いがない)

原告らは、それぞれ東京電力の株式一〇〇株を六か月以上前から保有する株主であり、被告らは、いずれも東京電力の代表取締役である。

東京電力の主要な事業内容は、栃木県、群馬県、茨城県、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、山梨県、静岡県(富士川以東)を供給区域とする独占的な電気事業であり、多数の水力・火力・原子力発電所を有してその事業を行っている。

2 本件原子力発電機の概要(争いがない)

福島第二原子力発電所は、東京電力が福島県双葉郡富岡町及び楢葉町に設置した原子力発電所であり、昭和五五年八月四日に原子炉設置許可がなされ、昭和六〇年六月二一日に運転が開始された。その認可出力は一一〇万キロワットである。

本件原子力発電機の原子炉は、沸騰水型原子炉(BWR)であり、二酸化ウランを燃料として使用し、減速材兼冷却材である軽水で中性子を減速してウラン二三五に核分裂反応を起こさせ、炉心で軽水を直接沸騰させ、沸騰により生じた水蒸気でタービンを回す直接サイクル型である。

3 本件再循環ポンプの概要

(一) 原子炉再循環ポンプ

沸騰水型原子炉では、通常運転時には、制御棒の操作と原子炉再循環流量の増減によって原子炉の出力を調整している。

原子炉再循環ポンプは、原子炉内の冷却水を強制的に循環させる役割を担い、本件原子力発電機では、同ポンプの速度(回転数)を増減させることによって再循環流量を調整する方式が採られている。

原子炉再循環系統は二系統あり、それぞれ再循環ポンプ、再循環系配管、弁及びジェットポンプで構成されている。

本件事故により破損した再循環ポンプ(B)(以下、「本件再循環ポンプ」という)は、立て軸単段うず巻型のポンプで、その上部にモーターが直結されており、再循環流量制御系によってその回転数が制御されている。ポンプ、モーター及びこれらの付属物は、支持構造物を介して原子炉格納容器内の梁に支持されている。ケーシング、ケーシングカバー、主軸、羽根車、水中軸受本体及び水中軸受リングの材質は、いずれもステンレス鋼である。

モーターの駆動力は、ポンプの主軸及びこれと一体となった羽根車に伝達される。羽根車には五枚の案内羽根が取り付けられており、羽根車の回転によって冷却水はポンプ下部の吸込側配管から吸い込まれた後、ケーシング内二か所の水切り部からボリュート内部に入り、高圧の吐出水となって吐出側配管へ導かれる。

冷却水は、再循環ポンプから吐出された後、ジェットポンプを通過する際に同ポンプ入口付近の冷却水を吸引しながら、燃料集合体が納められた炉心の下部に導かれ、炉心を下から上に流れる間に炉心で発生した熱によって一部は蒸気になり、残部は再び再循環ポンプやジェットポンプに吸引され、原子炉内を循環する。

(二) 水中軸受

再循環ポンプの軸受としては、モーターにガイド軸受及びスラスト軸受が設けられているほか、ポンプ内に水中軸受が設けられている。

水中軸受本体は、内径約四〇センチメートルの円筒形で、周囲に八個のオリフィス穴が設けられている。水中軸受本体は、羽根車に取り付けられた円筒形のジャーナルを取り囲むように設置され、水中軸受本体とジャーナルのすき間には、オリフィス穴からポンプ吐出水の一部が軸受供給水として導かれ、この軸受供給水の圧力により、回転体が一方に片寄っても、元の位置に押し戻される仕組みになっている。

水中軸受本体は、上部にフランジがあり、八本のボルトによってケーシングカバーに取り付けられている。

再循環ポンプ内には羽根車の回転による旋回流が生じているが、右旋回流は軸受供給水の圧力を低下させ、軸受けの機能に影響を与えることから、その影響をなくすために、水中軸受本体のオリフィス穴より下方に水中軸受リングが取り付けられている。本件再循環ポンプの水中軸受リングは、水中軸受本体から張り出したひさし状の部分と段違いにして、上下二箇所で全周にわたってすみ肉溶接されていた。

4 本件事故の概要(争いがない)

本件原子力発電機は、昭和六四年一月一日、出力一〇三万キロワットで運転中であったところ、同日午後六時四五分頃から原子炉再循環流量の変動現象が認められた。このため、同日午後七時頃、再循環ポンプの速度をわずかに降下させたところ、再循環流量の変動現象が収まった。しかし、同日午後七時二分、本件再循環ポンプの振動が増加し、「原子炉再循環ポンプメーターB振動大」の警報が発生した。このため、ポンプの速度を定格の約八七パーセントから約八五パーセントまで降下させたところ、振動は警報設定値以下となり、出力は一〇〇万キロワットに低下した。その後、関連パラメーターの監視を強化して運転を継続したが、振動は不安定な状態で推移し、出力約九九万キロワットで運転中の同月六日午前四時二〇分、再び振動が増加して警報が発生したため、振動レベルを監視しながら徐々にポンプ速度を降下させ、これに伴い出力も約七四万キロワットに低下した。しかし、その後も振動が高い値で推移したため、同日正午から原子炉停止操作を開始し、同日午後六時五五分本件再循環ポンプを停止し、翌一月七日午前零時に発電機を解列し、同日午前三時四七分原子炉を停止した。

同発電機は、同年一月七日から第三回定期検査を開始し、調査のため本件再循環ポンプを分解点検したところ、同月二三日、水中軸受リングが脱落、破損していたほか、ポンプ内各部の損傷が認められ、水中軸受取付ボルトと座金の脱落、流出、並びに羽根車主板の一部の欠損、流出が確認された。さらに、その後の調査の結果、羽根車等の摩耗によって生じた大量の微小金属片及び金属粉が流出して、原子炉圧力容器、燃料及び関連系統に分布していることが確認された。

5 本件再循環ポンプの損傷状況

平成二年二月に通産省資源エネルギー庁が発表した「東京電力(株)福島第二原子力発電所3号機の原子炉再循環ポンプ損傷事象について(原因と対策に関する調査結果)」(以下、「原因と対策に関する調査結果」という)及び同年七月に同庁が発表した「東京電力(株)福島第二原子力発電所3号機の原子炉再循環ポンプ損傷事象について(健全性評価結果)」(以下、「健全性評価結果」という)によると、本件再循環ポンプの損傷状況は以下のとおりである。

(一) 水中軸受

(一) 水中軸受リング

ア 水中軸受本体との溶接部の全周で破断し、脱落して、大破片(全体の約五分の四)と小破片(全体の約五分の一)に分離していた。再循環ポンプを分解した際には、大破片は上下方向に変形し、一端が羽根車とケーシングとの間に挟まっていた。小破片は羽根車の下側とケーシングの間に落下していた。

イ 大破片及び小破片の下面には摩耗及び肌あれがあり、内外周には接触跡(衝突痕)が認められた。また、大破片及び小破片の下面の肌あれは連続しており、上面にも連続した接触跡(衝突痕)が認められた。

ウ 小破片の下面は著しく摩耗し、貫通孔が認められた。

エ 大破片の内周側三箇所に微小な割れが認められた。

(2) ボルト

水中軸受取付ボルトは八本のうち五本が脱落しており、これらはジェットポンプノズル部で回収された。回収されたボルトのうち、三本はほぼ正常な形状を示していたのに対し、二本は一部に変形が認められた。また、脱落しなかった三本は再循環ポンプの分解時に強制的に切断されたため、分解前の損傷状況は確認できなかった。

(3) 座金

水中軸受取付ボルトの座金は、回り止めのため一部が水中軸受本体に溶接されているが、その部分を残して八個のうち脱落したボルトに対応する五個が脱落していた。脱落していた座金については、三個がほぼ原形のままでジェットポンプ内で回収されたほか、一部の破片が回収されている。また、残っていた三個の座金についても、溶接されている部分との境で部分的に破断していた。

(4) その他

ア 水中軸受のボルト穴は、八箇所のうち、ボルトが脱落した五箇所のうちの二箇所及びボルトが残存していた三箇所の計五箇所に変形が認められた。また、水中軸受のキー溝四箇所の全てが変形しており、四個のキーも全てに変形が認められた。

イ 水中軸受本体内面には、ジャーナルとの接触跡(摺動痕)が認められた。なお、再循環ポンプの分解時には、水中軸受本体を回転体から取り外すことが困難であった。

ウ 水中軸受フランジ部のケーシングカバーとの接合面に肌あれが認められた。

(二) 回転体

(1) 羽根車

ア 羽根車主板の上面は全体的に摩耗しており、外周近傍に全周にわたる貫通溝が認められ、外周の一部は破断、欠損していた。また、羽根車主板上面の摩耗形状は、水中軸受リング小破片の下面の摩耗形状と一致していることが確認された。

イ 羽根車主板の破片(欠損部)は、再循環系配管内で回収されたが、全体がねじれ、接触跡(衝突痕)等が認められた。

ウ 羽根車主板下面三箇所に微小な割れが認められた。

(2) 羽根車リング

羽根車リングは羽根車主板に溶接されているが、摩耗により分離し、水中軸受本体に接触していた。

(3) その他

ア 主軸の循環羽根及びラビリンス部にはケーシングカバーとの接触跡(摺動痕)があり、ウェアリング部にはケーシングのウェアリングとの接触跡(摺動痕)が認められた。

イ ジャーナルには、水中軸受本体内面との接触による摩耗及び接触跡(摺動痕)が認められた。

(三) ケーシング

ケーシングの水切り部(二箇所)の上部に最大深さ五ミリメートル程度の接触跡(衝突痕)、ボリュート側壁に最大深さ〇・五ミリメートル程度の浅い接触跡(衝突痕)及び肌あれ、ケーシング開口部側壁及び下端に浅い接触跡(摺動痕)及び肌あれがそれぞれ認められた。

(四) ケーシングカバー

ア 水中軸受フランジ部との接合面に肌あれが認められた。

イ ボルト穴は、八箇所のうち、ボルトが脱落していた五箇所のうちの二箇所及びボルトが残存していた三箇所の計五箇所が変形しており、四箇所のキー溝の全てに変形が認められた。

ウ ケーシングカバー内面には、主軸との接触跡(摺動痕)が認められた。

6 本件原子力発電機の運転再開

東京電力は、平成二年一一月五日、本件原子力発電機の調整運転を開始し、同年一二月二〇日、総合負荷性能検査に合格し定期検査を終了して、営業運転を再開した。

二  争点

1 電気事業法三九条一項違反に基づき本件原子力発電機の運転差止めを求めることができるか。

2 本件原子力発電機の運転を継続することは、取締役の善管注意義務ないし忠実義務に違反するか。

3 本件原子力発電機の運転の継続によって、会社が回復すべからざる損害を被る虞れはあるか。

三  争点に対する当事者の主張

1 争点1について

(原告らの主張)

(一) 電気事業法三九条一項は、「事業用電気工作物を設置する者は、事業用電気工作物を通商産業省令で定める技術基準に適合するように維持しなければならない」と規定し、同項に基づく通産省令として、「発電用原子力設備に関する技術基準を定める省令」(昭和四〇年六月一五日通商産業省令第六二号)(以下、「技術基準省令」という)が定められ、発電用原子力設備について、同項が維持を求める内容は右省令に委ねられているところ、本件再循環ポンプは、以下の点で同省令で定める技術基準に適合せず、電気事業法三九条一項に違反する。

(1) 技術基準省令六条は、一次冷却系統に係る施設に属するポンプが一次冷却材又は二次冷却材の循環、沸騰等により生ずる振動により損傷を受けないように施設しなければならないことを定めているところ、本件再循環ポンプは、内部の水中軸受本体及び水中軸受リングが本件原子炉の通常運転に伴う振動と共振現象を起こし、水中軸受を固定するボルトの座金が破断してボルトが脱落し、水中軸受本体が羽根車上に落下して本件再循環ポンプを損傷するおそれがあり、また、損傷したケーシングの交換が行われていないため、ケーシングの強度が不足し、本件原子炉の通常運転に伴う振動により破壊されるおそれがあるから、同条の技術基準を満たしていない。

(2) 技術基準省令九条に基づく告示である「発電用原子力設備に関する構造等の技術基準」(昭和五五年一〇月三〇日通商産業省令告示第五〇一号)(以下、「技術基準告示」という)七三条二項所定の計算式によれば、本件再循環ポンプのケーシングの厚さは、九一・三ミリメートル以上でなければならないところ、前記損傷の修理においてケーシングをグラインダで研磨したことにより、これに満たないものとなったから、本件再循環ポンプのケーシングは、技術基準省令九条の技術基準を満たしていない。

(3) 技術基準省令一六条の二は、原子炉冷却材圧力バウンダリを構成する管、弁その他の機器は、一次冷却系統に係る施設の損壊等に伴う衝撃に耐える材料及び構造のものでなければならないと定めている。本件再循環ポンプは、同条にいう原子炉冷却圧力バウンダリを構成する機器であるが、損傷したケーシングの交換が行われてなく、ケーシングの強度不足のため、水中軸受の落下の衝撃に耐えられない。水中軸受の落下は、同条項にいう一次冷却系統にかかる施設の損壊に当たり、同条の技術基準を満たしていない。

(二) 商法二七二条に基づき差止めの対象となる行為は、違法の程度や違法行為に対する制裁の有無を問わない。

電気事業法三九条一項によれば、技術基準違反そのものが違法であり、客観的に技術基準に違反している原発について適合命令がされないからといって、右違反が適法になるわけではない(会社に回復すべからざる損害を生ずる虞のあるような電気事業法違反行為については、監督行政庁は使用の一時停止を命じるべきであるともいえる)。技術基準違反の箇所があれば、行政庁がどのような命令を出すかと関わりなく、当該原子炉は違法状態となり、原子炉の設置者は直ちに当該箇所を修繕する義務を負う。本件で原告らが求めている三箇所の補修は、いずれも原子炉の運転を継続しながらこれを実施することが不可能であり、運転の再開とその継続は、技術基準違反を放置して、修理しないという意思決定であるから、運転の再開と継続自体が電気事業法三九条一項に違反することは明らかである。

(被告らの主張)

(一) 本件原子力発電機の運転再開に際しては、使用前検査及び定期検査が行われ、原告らが指摘する技術基準について、いずれもその適合性が確認されている。特に、今回の定期検査は、本件事故の発生に鑑み、「原因と対策に関する調査結果」及び「健全性評価結果」として指摘されているところやこれらを検討した原子力安全委員会の意見を考慮し、改善指示に基づく措置が適正に実施されたか否かの確認を含めて、慎重に行われており、定期検査が完了した時点においては、すべての技術基準が充足されている。加えて、その後通産大臣から技術基準に適合しないことを理由として、技術基準適合命令を受けたこともない。

(二) 改正前の電気事業法四八条一項は、電気事業者に対し、電気事業の用に供する電気工作物を技術基準に適合することを義務づけたものにすぎず、電気工作物の使用を直接に規制するものでないことは文理上からも明らかであって、同項が技術基準に適合しない状態にある発電用原子力設備の運転を継続する行為の禁止も当然に含んでいるという原告らの主張は、独自の法解釈といわざるをえない。原告らによる同法違反の主張は、結局のところ、取締役の善管注意義務違反ないし忠実義務違反を主張することに帰する。

2 争点2について

(原告らの主張)

(一) 原子炉施設の事故により、ひとたび環境に放射性物質が漏出すれば、会社に対して莫大な損害を生じさせることからすると、被告らは、本件原子炉施設の運転の継続を命じるに際して、右のごとき損害を会社に発生させないように、最新の知見に基づき本件原子炉施設が最も安全な状態にあることを確認した上で業務執行を行うべき善管注意義務ないしは忠実義務を負っている。

本件原子力発電機には、〈1〉再循環ポンプ水中軸受の共振の問題を克服するために、一体遠心鋳造型を採用すべきであるのにこれを採用していない、〈2〉再循環ポンプのケーシングは、鋳鋼であるために、内部欠陥のある可能性があり、また、必要な厚みを有していない疑いがあって、今後の使用継続で破壊される危険性があるので、新品と取り替えるべきである、〈2〉本件再循環ポンプと主配管の接続の施工には重大な溶接工法のミスがあり、運転継続によって破壊される危険性があるから、据付けをやり直す必要があるといった欠陥が存在する。本件原発の運転の再開・継続により、再循環ポンプ破壊、再循環系の大破断事故に至る危険があるから、その点につき〈1〉ないし〈3〉の対策を講じることなく運転を再開し、運転継続を命じることは、直ちに取締役の善管注意義務及び忠実義務に違反する。

(二) 仮に、前記〈1〉ないし〈3〉の欠陥の有無につき真偽不明であっても、原告らの指摘に対して十分な調査をしていないという点で、被告らは善管注意義務違反を免れない。会社及び政府諸機関が本件原子炉の技術水準や健全性を判断する上で前提とした重要な情報に誤りがあり、又は重要な情報が欠けていたことを原告らが指摘し、その指摘に一定の根拠がある場合には、かかる指摘自体が代表取締役に新たな調査義務を生じさせ、場合によっては原子炉の運転再開を中止することも求められる。前記〈1〉ないし〈3〉として原告らが指摘した点は、被告らの新たな調査義務を発生させる程度に根拠づけられていることは明らかである。また、公的機関、特に原子力安全委員会の判断が少なくとも十分な情報に基づくものではないこと、その元になっている実験や検査も利害関係人が実施したものの結果報告だけを受けるといった不十分なものであることについても、原告らは根拠のある指摘をしている。

被告らは、このような指摘を受けても、〈1〉について、当初は国内メーカーに技術力がないことを理由に、より安全な一体遠心鋳造型の採用を拒否し、現在においては、国内メーカーによってその採用が可能であることを認めながら、何らの理由を示すことなく、これを拒否している。また、〈2〉について、内部欠陥がなかったことを証明する証拠を最後まで提示できず、原子力安全委員会すら事故後の内部欠陥の存在を否定できなかったにもかかわらず、これがないことを前提として、応力集中点は衝突箇所であるという現在の工学的知見を根拠に、新品との取替えを拒否している。〈3〉に至っては、実際に原子力発電所の施工に当たった者が見聞した事実関係について、被告ら自ら部下に命じてその調査をさせること自体を怠っている。

このような被告らの態度は、行政庁の監督、許認可を得ている以上、原子炉設置運転者独自の安全上の対策は不要であるという考えに基づいているようであるが、言うまでもなく、原子力施設の第一次的な安全確保の責任は運転者自身にあり、このような認識は根本的に誤っている。被告らの態度は、その基本的な原子炉設置責任者の責任ないし義務を没却したものと言わざるをえず、その姿勢において善管注意義務違反は明らかである。

(被告らの主張)

商法二五四条の三に規定される取締役の忠実義務は、民法六四四条の善管注意義務を敷延し、これを一層明確にしたに止まり、通常の委任関係に伴う善管注意義務とは別個に高度な義務を規定したものではない。本件原子力発電機のような原子力施設は、高度の科学技術が大規模かつ複雑に集積した総合体であり、その維持管理等には、その性質上、高度に専門技術的な知識等が必要とされるのであるから、東京電力の取締役として経営の責めに任ずる被告らに対して、自らかかる高度に専門技術的な知識等に基づき、本件原子力発電機の維持管理等に関する具体的な状況のすべてを直接確認して措置することを求めるのは実際上不可能であり、およそ前記各法条の期待するところでないことは明らかである。被告らが取締役の忠実義務ないし善管注意義務を尽くしたといえるためには、東京電力内の専門的知見を有する者からの報告、情報及び意見、信頼するに足る外部の専門家ないし専門機関の判断や見解、さらには監督官庁の指導等を参酌し、それらに特段不合理な点が存しなければ、それらの意見等を尊重し、これに依拠して業務を執行することが必要であり、かつそれをもって足りるというべきである。

東京電力は、本件損傷事象の原因の調査、再発防止対策の策定及び実施、本件原子炉施設の健全性の調査及び評価等を行うに当たり、終始、社内の専門技術知識を有する担当者らの関与のもとに慎重な検討を加えるとともに、常に監督官庁との密接な連携を図り、社内の検討結果等を随時監督官庁に報告する一方で、監督官庁の指示、指導等に伴い、原子力発電の信頼性を回復するとともに、その安全性を確保するために、考えられる限りの慎重な対応を行っていた。東京電力が策定、実施した再発防止対策は、原子炉施設の安全性に関するわが国の権威者の関与の下に、専門的、技術的立場から慎重かつ詳細な検討が加えられた結果、責任ある公的見解として公にされた資源エネルギー庁の「原因と対策に関する調査結果」を踏まえてなされたものであるところ、その内容の報告を受けた資源エネルギー庁からは、これら再発防止対策の内容に不適切な点があるなどといった指摘は全くされず、同庁の了承するところとなったものである。また、本件原子炉施設の健全性についても、同じく原子炉施設の安全性に関するわが国の権威者の関与の下に、専門的、技術的立場から慎重かつ詳細な検討が加えられた結果、責任ある公的見解として公にされた資源エネルギー庁の「健全性評価結果」や原子力安全委員会の「東京電力株式会社福島第二原子力発電所3号炉の原子炉再循環ポンプ損傷事象について」において、これが確認されている。さらに、本件原子力発電機の運転再開に当たって行われた使用前検査及び定期検査においても、当該分野に関する専門的知識、経験等を有する担当官が精査した結果、いずれも所要の技術基準を充足することが確認され、かかる検査の方法、結果等について特段の疑義が提示されるようなこともなく、その後通産大臣の技術基準適合命令が発せられることもなかった。東京電力の取締役である被告らとしては、これら責任ある公的機関等によって提示された専門技術的判断に特段不合理な点も見いだせない以上、専門技術的な見地からなされる社内の検討結果をも踏まえ、本件原子力発電機の運転再開及び継続の措置を講じることは当然是認されるところであり、このような被告らの所為について、取締役としての忠実義務ないし善管注意義務の違反が問擬される余地はない。

原告らは、本件原子炉の危険性を縷々主張するが、その主張するところは、原子力施設の安全性等の行政分野に関する責任ある公的機関である資源エネルギー庁や原子力安全委員会の見解等が自己の見解と異なることを非難することに帰するのであって、被告らとしては、これら責任ある公的機関の判断や東京電力の社内検討結果と異なる原告ら独自の主張に依拠する余地はなく、むしろ、特段の理由が存しないにもかかわらず、独自の見解に基づいて原告らの主張に依拠するようなことがあれば、却って取締役の忠実義務ないし善管注意義務の違反を構成する。

3 争点3について。

(原告らの主張)

本件原子炉は再度大事故を引き起こす危険がある。再循環ポンプが完全に破壊された場合には炉心の溶融へと進行し、チェルノブイリ事故クラスの広範な環境汚染事故に発展する可能性がある。このような事故による損害の算定は、汚染地域の除染費用、移住地の確保と新たな建物の建築費用、使用不能となった土地・建物の補償、死亡した人、障害を負った人に対する補償、障害に対する医療費等を積算する必要があり、日本の人口密度や対人補償の基準、医療費、土地・建物の価格等を勘案すれば、その損害額は一〇〇兆円を軽く突破する一方で、原子力損害賠償法に基づく損害保険から填補される金額はわずか三〇〇億円であり、事故の発生は会社自体の命運に関わる重大事態となる。

(被告らの主張)

争う。被告事故自体、安全上重要な機能を有する機器の損傷ではなく、また、原子炉安全保護系が作動して原子炉の緊急停止を要するような事態や燃料の損傷、放射性物質の環境への放出といった事態に至ったものでもない。

第三  当裁判所の判断

一  本件原子力発電機の運転再開に至る経緯

証拠によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件事故直後の東京電力の対応

東京電力は、本件原子炉の停止操作を開始した昭和六四年一月六日、「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律」(以下、「原子炉等規制法」という)に基づく「実用発電用原子炉の設置、運転等に関する規則」(昭和五三年一二月二八日通商産業省令第七七号)二四条二項二号に基づき、通産大臣に対し、同月一日における本件再循環ポンプの振動状況及び本件原子炉を停止する旨の報告を行った。

そして、翌七日から開始された定期検査において、本件再循環ポンプの分解調査を行ったところ、同月二三日に至り、水中軸受リングが脱落、破損していたほか、ポンプ内各部が損傷し、水中軸受取付ボルトと座金が脱落、流出し、さらに羽根車主板の一部が欠損、流出していることが確認された(さらに、その後の調査の結果、羽根車等の摩耗によって生じた大量の微小金属片及び金属粉が流出して、原子炉圧力容器、燃料及び関連系統に分布していることが確認された)。そこで、東京電力は、同日、前記規則二四条二項三号及び電気事業法に基づく「電気関係報告規則」(昭和四〇年六月一五日通商産業省令第五四号)三条に基づき、本件再循環ポンプ内の水中軸受、羽根車等の損傷の報告を通産大臣等に対して行い、同年二月一日、実用発電用原子炉の設置、運転等に関する規則二四条二項三号に基づき、通産大臣に対し、本件事故の状況及びそれに対する処置に関する報告を行うとともに、福島県、富岡町及び楢葉町に対し、本件事故の通報・報告を行った。そして、同月二一日には、電気関係報告規則三条に基づく事故詳報を通産省に提出した。

(二) 東京電力による調査及び原因の究明

東京電力は、平成元年一月三〇日には、被告池亀亮(常務取締役原子力本部長)を責任者とし、同本部副部長、部長らを構成員とする「福島第二3号機事故対策特別チーム」を、同年三月一日には、社長を議長とし、副社長及び常務取締役で構成する「福島第二原子力事故対策緊急経営会議」を、同月一四日には、原子力本部副本部長を責任者とし、同本部内の関係部長及び各原子力発電所副所長らを構成員とする「原子力安全対策総点検チーム」を、同月二七日には、副社長一名を責任者とし、原子力発電所長経験者を中心に構成する「原子力安全管理体制特別諮問委員会」を各設置して、事故の実態調査、設備・技術・運営各面からの原因調査、再発防止対策、運転再開に係る健全性の検討等を進めた。

(三) 資源エネルギー庁による事故原因の調査

(1) 資源エネルギー庁は、東京電力から本件事故の報告を受けて、平成元年三月一日、事故原因の究明、再発防止対策の確立等を図るため、関係各課の職員で構成する作業グループを設置して調査検討を行うとともに、同月一七日には、通産大臣の諮問機関である原子力発電技術顧問会の中に、原子力工学・機械工学等の専門分野に関する学識経験を有する二一名の委員で構成する「福島第二原子力発電所3号機調査特別委員会」を設置して、専門的、技術的立場からの検討を行なわせた。同特別委員会は、七回にわたる現地調査・工場調査、一四回にわたる審議を重ねて調査検討を行い、資源エネルギー庁は、この調査、審議の結果を踏まえ、平成二年二月二二日、本件再循環ポンプの損傷原因、事故発生時の対応状況等に関する調査結果及び再発防止対策をとりまとめた「原因と対策に関する調査結果」を公表した。

(2) 資源エネルギー庁は、「原因と対策に関する調査結果」の中で、〈1>本件再循環ポンプの損傷事象は、それ自体としては安全上重要な機能を有する機器の損傷ではなく、原子炉安全保護系が作動して原子炉の緊急停止を要するような事態や燃料の損傷、放射性物質の環境への放出といった事態に至ったものではないが、原子炉の通常運転時に重要な役割をもつ再循環ポンプが深刻な損傷を被り、さらには、これに伴って大量の微小金属片及び金属粉が圧力容器内等に流入したことは、原子力発電の信頼性を損なう重要な問題であると指摘した上で、〈2>本件事象が発生した原因は、直接的には、本件再循環ポンプの水中軸受リングのすみ肉溶接部に溶込み不足があり、ポンプ羽根車の回転に伴う水中軸受リング上下面間の変動差圧によって当該部分に高い変動応力が発生し、水中軸受リングが疲労破断したものであり、本件事象は、当初の振動警報が発生した時点で直ちにポンプを停止していれば、少なくとも大量の金属粉等の原子炉圧力容器内への流入という事態は避け得たと考えられ、事象の進展、拡大を許した運転管理上の要因がより重要な問題点であるとし、〈3>本件事象に対する再発防止対策として、本件再循環ポンプ水中軸受の改善、運転マニュアルの見直し、異常徴候に対する対応の強化及び安全管理の徹底を東京電力に指示し、現在、東京電力において行われている原子炉圧力容器内等に流入した金属粉等の洗浄、回収作業の結果を踏まえて、今後、燃料集合体、各種機器及びプラント全体の健全性の評価を行うこととしている。

(3) 「原因と対策に関する調査結果」の詳細は、次のとおりである。

ア 本件再循環ポンプの損傷により生じた流出部品は、ボルト五本、座金五個及び羽根車主板の破片(欠損部)であり、これまでに再循環系配管、ジェットポンプ等において、ボルト五本、座金三個、座金の破片八個及び羽根車主板の破片(欠損部)が回収されていること、羽根車等の摩耗により生じた金属粉等の総量は約三〇キログラムと推定され、その分布状況は、圧力容器、系統配管機器等に一六ないし二〇キログラム程度、冷却材浄化系ろ過脱塩器等に八ないし一〇キログラム程度、燃料集合体に三キログラム程度と推定されること、そして、その粒径分布は、〇・一ミリメートル以下のものが全体の約六〇パーセント、〇・五ミリメートル以下のものが全体の九〇パーセント以上となっている。

イ 本件再循環ポンプの損傷の原因及び経過は、次のとおり推定される。

〈1> 羽根車の回転に伴って水中軸受リングの上下面間に変動差圧が繰り返し加わっており、また、変動差圧のうち羽根車枚数(Z)×回転数(N)の整数倍であるZN、2ZN、3ZNの周波数成分が大きく、そのうちの2ZN、3ZNの周波数が水中軸受リングの固有振動数とほぼ一致して、水中軸受リングに比較的高い変動応力を発生させているところに、水中軸受リング溶接部に溶込み不足があったことから、右溶込み不足により応力集中が大きくなっている下側溶接部のルート部に疲労限度を超える応力が発生し、割れを発生させた。そして、この下側溶接部において発生した割れが進展し、その後上部溶接部にも割れが発生して、最終的に全周にわたって溶接部で破断し、水中軸受リングが一体脱落した。また、水中軸受リングにはこの一体脱落時までに疲労により径方向の割れがある程度進展しており、一体脱落時に最終的に延性破断し、大小破片に分離した。水中軸受リングの一体脱落の時期は、一月一日午後七時過ぎ又はそれ以前と考えられ、水中軸受リングの大小破片への破断は、同日午後七時以降の振動増加時と考えられる。

〈2> 水中軸受リングの大小破片への破断後、小破片が大破片の下に潜り込み、その結果、小破片によって羽根車主板上面が全面摩耗し、溝貫通に至り、羽根車リングも小破片によって同時に摩耗、損傷した。羽根車主板は、溝貫通後に外周部の一箇所が疲労により破断し、その後、他の一箇所が延性破断して、欠損に至った。

再循環ポンプの振動は、一月六日午前四時二〇分以降再び増加したが、この時期に羽根車主板の一部が欠損に至り、その後は羽根車のバランスがくずれ、振動が高い値で推移したものと考えられる。

〈3> 水中軸受リングの脱落後、羽根車の回転トルクが水中軸受に加わり、座金が疲労破断し、三本のボルトがまず脱落し、その後残ったボルト及びキー溝が大きく変形し、二本のボルトが脱落した。水中軸受のキー、キー溝の変形、座金の破断及びボルトの変形、脱落は、一月一日又は同月六日の原子炉再循環ポンプの振動増加時に生じたと考えられる。

ウ 運転管理の主要な問題点として、〈1>一月一日に振動大の警報が発生した際に、運転マニュアルに従ってポンプ速度を降下させた結果、振動が警報設定値以下になったことや関連パラメータに特別な変化が見られなかったこと等から、その時点でポンプを停止するに至らなかったこと、〈2>その後、振動は警報発生以前と比べ不安定な状態を示しており、また、ポンプのスラスト軸受温度、原子炉冷却水導電率も変化していたが、いずれも警報設定値以下のわずかなものであったために、これらのパラメータの変化についての調査を速やかに開始しなかったこと、発電所では、夜間・休日において、設備の異常徴候だけでは、原因調査、検討等が速やかになされるようになっていなかったこと、〈3>一月四日になり、発電所内の事故時トラブル調査委員会が開かれ、振動大の警報発生に加え、関連パラメータの変化についても確認したが、ポンプの振動が落ち着いているという状況判断に基づいて、詳細な調査によらず、ポンプを継続して運転することとしたこと、〈4>一月六日になり再び振動大の警報が発生し、運転マニュアルに従いポンプ速度を降下させ、その後も振動が高い値で推移したため、ポンプを停止することとしたが、ポンプ停止の決定を迅速には行わず、また、その方法も通常の原子炉の運転停止手順に従ったもので十分と判断し、ポンプ停止を最優先した手順を採らなかったことを指摘している。

エ 運転マニュアルの主要な問題点としては、〈1>同マニュアルにおいては、回転体の不釣合、ポンプ、モーターの芯ずれ等による振動を考慮しており、本件のような損傷事象による振動を考慮していなかったこと、このため同マニュアルは、ポンプ速度を降下させれば振動が改善され得るという考えによっており、振動大の警報が発生した時点でポンプを速やかに停止することとはなっていなかったこと、〈2>同マニュアルにおいて、ポンプ速度を降下させても振動が継続している場合には、ポンプを停止することとなっていたが、この場合も、必ずしも迅速にポンプの停止操作を行うこととはなっていなかったことがあげられている。

オ 「原因と対策に関する調査結果」は、以上の検討を踏まえて、再発防止対策として、〈1>本件事故及び過去に発生した再循環ポンプ水中軸受の損傷事象は、いずれも水中軸受リング溶接部の溶込み不足が直接の原因であるが、水中軸受リングの溶接がすみ肉溶接であるために強度上必ずしも十分な余裕を有していなかったこと、検査によって溶接不良が検知できないことが背景になっていると考えられるから、原子炉再循環ポンプの水中軸受を、強度上十分な余裕があり、検査によって溶接不良を検知できる完全溶込み溶接型又は溶接部を有しない一体遠心鋳造型のものに取り替えること、〈2>運転マニュアルの規定が適切かつ十分なものでなかったことが、警報発生後の対応の誤り、事象の発展、拡大を許す要因の一つになっているから、再循環ポンプの振動警報が発生したときには、その原因が検出器の誤作動や地震の影響によるものであることが明らかである場合を除いて、直ちにポンプを停止するように、運転マニュアルを見直すこと、〈3>設備の異常徴候が認められた場合には、夜間・休日を問わず、的確な対応措置が確実に講じられるように対応体制の強化を行うこと、これに関連して、原子力発電所の重要な機器等については、事前に異常徴候を検知し、的確な判断と対応が可能となるように、回転体診断装置等の異常診断技術の開発及び実用化を進めていくこと、〈4>東京電力に対しては、原子力発電所の運転に当たって、常に安全を最優先とした迅速かつ的確な対応措置が行われるよう、安全管理の徹底を行うとともに、社内各層の安全意識の向上をはかるように指示することをあげている。

なお、「原因と対策に関する調査結果」は、再発防止対策としてあげた再循環ポンプの水中軸受の改善方法に関して、完全溶込み溶接型と一体遠心鋳造型の強度についてそれぞれ評価したが、右評価結果によると、応力集中係数を二とした場合における水中軸受の一平方ミリメートル当たりの変動ピーク応力は、完全溶込み溶接型水中軸受の場合は、リング溶接部において一・五キログラム、リング付根部では二・四キログラムとなり、一方、一体遠心鋳造型水中軸受では、リング付根部で一・八キログラムとなり、いずれも疲労限度一二・五キログラムを十分に下回っているものとされている。

(4) 資源エネルギー庁長官は、「原因と対策に関する調査結果」を踏まえ、平成二年二月二二日、東京電力に対し、本件事故の再発防止の徹底を図るため、右再発防止対策を講じ、実施結果を速やかに報告すること、原子炉圧力容器内等に流入した微小金属片及び金属粉について、徹底した洗浄・回収作業を行い、速やかにその結果を報告することなどを指示した。

(四) 東京電力による回収結果の報告及び再発防止対策の策定

(1) 東京電力は、平成二年四月一七日、「福島第二原子力発電所3号機原子炉再循環ポンプ損傷事象に伴う流出部品及び金属粉等の回収結果報告書」及び「福島第二原子力発電所3号機原子炉再循環ポンプ損傷事象に係わる再発防止対策について」を作成し、資源エネルギー庁に提出した。

(2) 右回収結果報告書の概要は、以下のとおりである。

まず、本件事故により流出した水中軸受取付ボルト、座金及び羽根車主板の破片(欠損部)については、摩耗により減少した部分を除き、ジェットポンプノズル又は再循環系配管の内部等からこれらを回収した。

そして、羽根車主板等の摩耗によって生じた金属粉等については、予備的調査を行った上で、圧力容器、系統配管・機器等及び燃料集合体をそれぞれ洗浄し、洗浄後目視検査を実施したが、圧内容器、系統配管・機器等については、すべての目視観察箇所において、目視観察可能な金属粉等(粒径約〇・五ミリメートル以上)は確認されず、燃料集合体については、目視可能な粒径〇・一ミリメートル以上の金属粉等は確認されなかった。また、右予備的調査において微小金属片一八六個(合計約一一〇グラム)を回収し、さらに、洗浄の結果、金属粉等と鉄さびを合わせて、圧力容器及び系統配管・機器等から約六〇キログラム、燃料集合体から約一七〇〇グラムを回収した上、各部品の設計寸法から算出した元の重量と摩耗した部位の実測値の差等から摩耗量を算出して、その発生総量を三〇ないし三三キログラム程度と評価して、回収量及び残存量をそれぞれ評価し、結論として、二一〇〇ないし二六〇〇グラム程度の金属粉等が残存しているものと評価した。このうち、圧力容器及び系統配管・機器等における残存量が五二ないし一二〇グラム程度、燃料集合体における残存量が二〇〇〇ないし二五〇〇グラム程度とされている。

(3) 東京電力が策定した再発防止対策の概要は、以下のとおりである。

ア 水中軸受の改善

本件再循環ポンプ水中軸受については、強度上十分余裕があり、検査により溶接不良を検知できる完全溶込み溶接型に取り替えるとともに、今後、原子炉再循環ポンプの信頼性向上対策についての研究を進める。また、機器メーカー等に対し、溶接施工要領書の記載内容の充実や、すみ肉溶接に対する溶接士の技量確保のための社内教育の徹底を依頼するとともに、機器メーカー等の施工管理状況を確認するなどして、品質保証活動の強化を図る。

イ 運転マニュアルの見直し

本件原子力発電機はもとより他のプラントについても、原子炉再循環ポンプの振動警報が発生した時には、その原因が検出器の誤作動や地震の影響によるものであることが明らかな場合を除いて、直ちにポンプを停止するように運転マニュアルを改訂するとともに、プラント・機器の停止を要する事象等に発展する可能性のある警報を分類し、運転員がこれについて適切な対応と判断を容易に行えるよう、運転マニュアルを改善する。

ウ 異常徴候に対する対応の強化

発電所の運転中に設備に異常徴候が発生し、原因の除去や拡大防止のための措置を行うに際して、原因が特定できず状況の正確な把握ができない場合には、その設備を停止又は隔離するかプラントを停止するなどの安全側に立った措置を行う旨原子力発電所運転管理マニュアルに明記するとともに、異常徴候が認められた場合のトラブル調査委員会の設置、休日責任者、運転技術担当(発電所次長級)の各発電所への配置、運転員に対する研修の充実等により対応体制を強化するほか、回転体診断装置の導入、音響モニタの設置、自走式小型監視装置の試験的設置といった異常徴候診断技術の開発・実用化を図る。

エ 安全管理の徹底

各原子力発電所長、建設所長に対し、原子力発電の安全確保の徹底についてあらためて指示する(平成二年二月二六日)とともに、本店に「原子力安全推進会議」、各発電所に「原子力安全推進センター」をそれぞれ設置して安全管理の徹底と安全意識の向上を全社的に推進し、さらに、原子力安全研究会の設置、経営層による社外有識者との意見交換や発電所巡回、管理層・実務層に対する研修の拡充等を通じて、社内各層の安全意識の向上を図る。

(4) なお、東京電力は、同年一〇月二日、資源エネルギー庁長官に対し、「福島第二原子力発電所3号機原子炉再循環ポンプ損傷事象に係わる再発防止対策の実施状況について」を提出し、右再発防止対策の実施状況について報告している。

(五) 本件再循環ポンプの改修等

東京電力は、右再発防止対策を受け、平成元年一二月及び平成二年六月に、本件原子炉の再循環ポンプ二基の水中軸受を完全溶込み溶接型にそれぞれ取り替え、また、同年七月までに、回転体、ウェアリング及びケーシングカバーをいずれも新品と取り替え、ジェットポンプインレットミキサのうち接触跡が認められるものについても新品と取り替えた。

ケーシングについては研磨修理して再使用することとし、〈1>二箇所の水切り部の上部に認められた接触跡(衝突痕)を除去するために、先端及び側壁をグラインダで先端から最大二五ミリメートル程度研削、整形して滑らかに加工し、〈2>ボリュート側壁に認められた接触跡(衝突痕)並びにケーシング開口部側壁及び下端に認められた接触跡(摺動痕)及び肌あれについては、グラインダで最大深さ〇・五ミリメートル程度研削し、滑らかに加工した。修理後の平成二年六月一六日、水切り部の先端から約八〇ミリメートルの部分の全肉厚(面積約〇・〇三平方メートル)について放射線透過検査を実施し、同年六月八日から同年七月一二日にかけて、ケーシング及び分流壁の内側表面(面積約三・四九平方メートル)について浸透探傷検査、深さ約三〇ミリメートルの表面近傍(面積約一・九二平方メートル)について超音波探傷検査をそれぞれ実施したが、右各検査において欠陥は認められず、耐圧・漏えい検査についても異常は認められなかった。

また、本件事故当時炉心に装荷されていた燃料集合体には、かなりの量の微小金属片及び金属粉が残存していると予想されることから、本件原子炉の運転再開に当たってはこれを使用せず、新燃料と本件事故時に使用済燃料プールに保管されていた照射済燃料の一部を使用することとした。

(六) 資源エネルギー庁による健全性評価結果

(1) 資源エネルギー庁は、東京電力から、(四)記載のとおり、流出部品、微小金属片及び金属粉の回収結果の報告を受け、平成二年四月一八日から調査特別委員会において本件原子炉施設全体の健全性についての審議を開始し、右審議を踏まえながら、本件事故が原子炉施設に与えた影響の評価及び今後の原子炉運転に関して問題がないか否かの調査を行い、同年七月五日、本件再循環ポンプの損傷事象に伴う機器・燃料等の健全性及び今後のプラント運転における機器・燃料等の健全性に関する調査結果を健全性評価結果としてとりまとめ、これを公表した。

(2) 右健全性評価結果は、本件再循環ポンプの振動や流出部品、微小金属片及び金属粉の流入がプラント各部に及ぼした影響の評価(健全性評価その1)と残存金属片・金属粉が今後のプラント運転に及ぼす影響の評価(健全性評価その2)とからなる。その概要は、以下のとおりである。

ア 健全性評価その1

損傷のあった機器・燃料等のうち、本件再循環ポンプの水中軸受、回転体、ケーシングカバー及びウェアリングについては、いずれも取替えが行われることになっており、その他の機器・燃料等については、点検・検査等の結果、異常は認められなかったか、又は接触跡等が認められるものの健全性に影響がないものであることを確認したと評価した。

このうち、ケーシングについては、目視検査の結果、ボリュート側壁等に浅い接触跡(衝突痕、摺動痕)及び肌あれが、水切り部(二箇所)の上部に接触跡(衝突痕)がそれぞれ認められたが、接触跡及び肌あれが認められた箇所について浸透探傷検査を実施した結果、指示は認められず、応力評価の結果、これらの接触跡等は、ケーシングの強度に影響を及ぼさないことを確認し、また、寸法検査の結果、ケーシング各部はいずれも設計寸法を満足しており、変形のないことを確認した。

なお、技術基準告示七三条二項、三項所定の計算式によれば、ボリュート側壁(分流壁を除く)並びにケーシング開口部及び下端の最小肉厚の強度上必要な厚さは七七・四ミリメートルとなるところ、健全性評価結果は、本件再循環ポンプのケーシングの当該部分の最小肉厚は九二ミリメートルであり、修理に伴う肉厚減少(最大〇・五ミリメートル程度)は強度に影響を及ぼさないと評価している。

イ 健全性評価その2

残存金属片・金属粉が今後のプラント運転に及ぼす影響に関しては、洗浄、回収作業、回収量の評価及び洗浄後の分布状況調査等を実施し、その調査結果等に基づき、圧力容器、系統配管・機器等に残存している可能性のある金属片・金属粉の量を四七グラム、粒径が〇・三ミリメートルを超えるものの個数を約二〇〇個と、また、残存している可能性のある金属片の個数を四個、最大の金属片を長さ約四二・四ミリメートル、幅九・四ミリメートル、厚さ二・〇ミリメートル、重量一・六グラムとそれぞれ想定した上で、これらの残存金属片・金属粉が衝突、かみ込み、閉塞、フレッティング及び付着といった態様により各種機器や燃料の機械的強度及び各種機能等に及ぼす影響について、模擬試験の結果等に基づき検討し、いずれも、その発生の可能性が極めて小さいか、又はその可能性が考えられるものであっても、安全性に影響を及ぼすものではないことを確認したと評価した。

そして、これらの評価の結果、本件事故に関しては、今後のプラント運転に当たって、安全上問題となる事項は認められなかったものの、運転に当たっては、先にとりまとめた再発防止対策を確実に実施するとともに、運転開始前の安全確認を十分に実施することが必要であり、併せて、当面プラントの運転に慎重を期し、運転監視を強化することが望まれると指摘している。

(七) 原子炉安全専門審査会発電用炉部会による調査審議

(1) 健全性評価結果は、通産省から、「原子力委員会及び原子力安全委員会設置法」に基づき総理府に設置された原子力安全委員会に報告され、同委員会は、平成二年七月五日、調査、審議に着手し、同委員会に置かれた原子炉安全専門審査会に調査、審議を指示し、さらに、同審査会はこれを発電用炉部会に付託した。

同部会は、平成二年七月一三日から審査を開始し、健全性評価結果の妥当性について調査、審議を行い、同年八月二二日に本件原子力発電所を現地調査した上で、同年一〇月三日、「東京電力株式会社福島第二原子力発電所3号炉の原子炉再循環ポンプの損傷事象について」と題する調査審議結果をとりまとめ、これを同審査会を通じて、原子力安全委員会に報告した。

(2) 発電用炉部会の調査、審議の概要は、以下のとおりである。

ア 発電用炉部会は、調査、審議の結果、通産省を行った健全性評価は妥当なものであり、本プラントの機器等の健全性は、改良された水中軸受を含め、安全確保上支障がないものと認める、なお、運転再開に当たっては、再発防止対策を確実に実施し、運転開始前の安全確認を十分に実施するとともに、運転開始後も十分な監視を行うことがより慎重かつ適切な措置であると結論付けた。

イ 発電用炉部会は、右結論に至る調査、審議として、〈1>再発防止対策が講じられた水中軸受の健全性、〈2>ポンプ損傷時に衝突、振動等の影響を受けた機器等の健全性、〈3>想定される残存金属片・金属粉の影響を受ける恐れのある機器等の健全性についてそれぞれ検討している。

まず、〈1>に関して、改良された水中軸受は、完全溶込み溶接を採用しており、共振を考慮しても応力は疲労限度に対して十分な余裕を持つことが解析で示されており、また、溶接後の検査も十分に行うことが可能となり、溶込み不足等の不完全な溶接を的確に検出し得る形状となっている。改良された水中軸受でも損傷したものとほぼ同様なモードでの水中軸受リングの共振は起こり得るが、本件再循環ポンプは流量制御のために回転数を変化させて使用する設計であり、運動回転数の全領域において、基本モードから高次モードに至るすべての周波数成分に対して共振を全くなくすことは困難であるから、溶接部の断面の大きさ及び形状を変えることによって相対的に強度を増加させ、共振に対して十分に耐えられるようにするという通産省が講じた水中軸受の改良策は、再発防止対策として現実的な対策である。ただし、完全溶込み溶接を採用した水中軸受リングの使用経験が十分に蓄積されていないことを考え合わせると、なお念のため今後十分な監視を行うべきであると判断している。

次に、〈2>に関しては、ケーシングに認められた衝突痕等は、水切り部におけるものを除き、いずれも浅いものであり、このような衝突痕等を残存肉厚が設計所要肉厚を満足する範囲で研磨修理することについては、特段問題はない。研磨前後に行われた内表面の浸透探傷検査及び研磨後に可能な範囲において内表面から約三〇ミリメートルの深さまで行われた超音波探傷検査によっても欠陥が検出されておらず、また、現在得られている工学的知見からは、ステンレス鋼のような材料では、衝突による応力ないし歪は衝突面で最大となり、深さに応じて減衰することが明らかであって、このことから表面近傍で有意な欠陥がなければ、内部に欠陥が生じている可能性は極めて低く、ケーシングの疲労強度に対する衝突の影響についても有意なものではない。水切り部先端を最大二五ミリメートル程度研削整形しているが、水切り部はケーシングの構造上の強度部材ではないので、右程度の加工によってケーシングの強度に影響を与えることはなく、今後の運転及び安全性に特段の影響を与えることはない。ケーシングに水中軸受リングが衝突したことによるポンプの支持構造物等に加わった衝撃的な荷重についても、健全性に影響を与えるものではないと判断している。

また、水中軸受の損傷時に生じた振動による配管等への影響については、再循環系及びこれに接続する残留熱除去系等の主配管並びにこれらに接続する小口径配管等に生じる応力等がいずれも疲労限度等を下回っていることから、今回の水中軸受の損傷によって構造強度上の影響を受けた可能性のある配管・機器等については、その健全性が損なわれたことはないと判断している。

さらに、〈3>に関しては、健全性評価の前提となる微小金属片及び金属粉の残存量等についての通産省の想定は保守的なものであり、妥当なものとした上で、右残存金属片・金属粉が炉心に装荷される燃料に対して与える影響について、被覆管が損傷する可能性は極めて低いが、仮に被覆管に損傷が生じたとしても、この損傷は進展性がなく局部的なものにとどまり、被覆管にときとして見られるピンホールと同様、原子炉冷却材中のヨウ素濃度等の監視で十分に対処し得るものであることから、これら燃料の健全性の評価は妥当なものであるとし、その他の機器・配管等について考えられる影響の評価について、通産省の行った評価の概要を示した上で、残存している可能性のある金属片及び残存している金属粉が燃料及び燃料以外の各種機器等に与える影響(制御棒駆動機構及び原子炉格納容器隔離弁へのかみ込み等を含む)はいずれもその可能性が極めて低いか、又は軽微でかつ進展性がなく、安全上特に支障となるものではないと判断している。

(八) 原子力安全委員会による検討

原子力安全委員会は、右報告を検討した結果、平成二年一〇月四日、通産省から報告のあった「原因と対策に関する調査結果」及び「健全性評価結果」の内容は妥当であると認めるとの意見を表明し、「東京電力株式会社福島第二原子力発電所3号炉の原子炉再循環ポンプの損傷事故に対する見解」を公表した。

同見解において、原子力安全委員会は、本件事故に関する通産省からの数次にわたる報告について、原子炉安全専門審査会の調査審議結果も踏まえて検討した結果、その内容を妥当なものと判断する一方、本件原子炉の運転に慎重を期し、運転監視を強化すること、特に、本件再循環ポンプについては安全上支障なく修復されたものと判断するが、次回の定期点検時には、念のため開放点検を行い、綿密な検査を行うことが望ましいとしている。

(九) 本件原子炉施設の改修工事に伴う届出又は許可

東京電力は、平成元年七月一二日、電気事業法四二条に基づき、本件原子炉ジェットポンプ取替工事の計画を通産大臣に対し届け出た上、同年九月五日、同法四三条に基づき、右取替工事に関し電気事業法施行規則三七条四号イ項による使用前検査の申請を通産大臣に対して行った。

そして、平成二年一月五日、原子炉等規制法二六条に基づき、通産大臣より新燃料の採用に係る原子炉設置変更許可を受け、同月二六日、通産大臣に燃料として使用する核燃料物質の種類及び年間予定使用量の変更を届け出るとともに、同年四月二〇日、放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律一〇条に基づき、科学技術庁長官より放射性同位元素等の使用変更許可を受け、同年八月一〇日には、電気事業法四一条に基づき、通産大臣より本件原子炉の新燃料の採用に係る工事計画の認可を得た。同月一三日、同法四三条に基づき、通産大臣に対し、同法施行規則三七条四号ニ項及びホ項の燃料関係使用前検査を申請し、同年九月三日、燃料についての同法施行規則三七条四号ニ項の検査合格を受けた。

また、平成二年四月一八日、電気事業法四二条に基づき、通産大臣に対し、本件再循環ポンプの修理工事計画を届け出た上、同年五月二九日及び同年八月一五日に、同法施行規則三七条四号イ項及びホ項についての使用前検査をそれぞれ申請した。

(5) 定期検査の終了と運転再開

東京電力は、昭和六四年一月七日から、本件原子力発電機について定期検査を実施した。一般に、定期検査は、蒸気タービン、原子炉本体、原子炉冷却系統設備、計測制御系統設備、燃料設備、放射線管理設備、廃棄設備、原子炉格納施設、補助ボイラー及び非常用予備発電装置を対象として実施し(電気事業法施行規則五三条、五五条)、原子炉停止後、原子炉内の燃料を燃料プールに取り出し、中性子束を測定する装置の取替えを行った上、原子炉の下部から制御棒駆動機構を取り出して分解点検を実施し、制御棒駆動機構を再び原子炉に据付けた後、原子炉内に燃料を装荷する。その後、原子炉の上蓋及び原子炉格納容器の組立復旧が行われ、その他の設備については、右各作業と併行して設備の種類に応じて、分解点検や計器較正等が行われた後、機器単独での機能確認、系統全体の機能確認等が行われる。

右検査の過程において、法令所定の各設備を構成する各種機器等ごとに資源エネルギー庁の電気工作物検査官により検査が行われ、また、取替え等を行った機器等のうち必要とされるものについては、電気事業法四三条に基づき使用前検査を受けることとなっており、右各種検査が進められた上で原子炉の調整運転が開始されるが、右調整運転中にも検査が行われ、当該発電設備が安定した連続運転ができていることを確認する総合負荷性能検査及び蒸気タービン性能検査(原子炉及び蒸気タービンを定格出力で運転し、各設備の運転状態が正常であること及び各種の運転データが異常なく安定していることを確認する)に合格することにより定期検査は終了する。

本件原子力発電機は、使用前検査及び定期検査のうちの所要の諸検査を経て、平成二年一一月五日に起動した。その後、検査が継続されていたが、同年一二月二〇日に、最終的に総合負荷性能検査に合格したことにより定期検査を終了し、また、使用前検査についても、同日付けで全検査が終了し、合格が確認されたことから、同日、営業運転を再開した。

なお、運転再開に当たり、制御棒駆動機構を構成する一部制御棒の取替えがなされ、新燃料と照射済燃料が装荷された。

(二) 運転再開後の状況

東京電力は、平成三年一一月から平成四年三月にかけて、本件原子力発電機について定期検査を実施し、二機の再循環ポンプ双方の分解点検を実施し、水中軸受(取付ボルトを含む)、水中軸受及び水中軸受リングの溶接部、座金、羽根車、主軸・循環羽根車用キー溝・キー、ケーシング、ケーシングカバー及びボルト・ナット等について目視検査又は浸透探傷検査を実施し、水中軸受取付ボルトトルク確認を実施したが、右定期検査においても特段の異常は発見されなかった。

また、照射済燃料は、第四サイクル(平成二年一一月から平成三年一一月まで)及び第五サイクル(平成四年三月から平成五年三月まで)において使用された後、その用途を終えた。

二  争点1(電気事業法違反に基づく差止請求の可否)について

電気事業法三九条一項(なお、本件事故当時の同条に相当する規定は、平成七年法律第七号による改正前の同法四八条一項であるが、商法二七二条による差止めは、取締役の違法行為を将来に向かって差し止めるものであるから、口頭弁論終結後の法令に違反するか否かを問題とすれば足りる)は、事業用電気工作物設置者に、事業用電気工作物を通産省令で定める技術基準に適合するよう維持する義務を負わせているが、同条が、文理上、同工作物の使用を直接に規制するものとなっていないことのほか、技術基準不適合といっても種々の態様・程度のものがあり得るのであり、同法四〇条が、通産大臣は、事業用電気工作物が技術基準に適合していないと認めるときは、その設置者に対し、技術基準に適合するように同工作物を修理し、改造し、若しくは移転し、若しくはその使用を一時停止すべきことを命じ、又はその使用を制限すること(ここにいう使用の制限は、使用の一時停止が別に規定されていることからも、使用の継続を前提とし、その態様の制限を意味していることが明らかである)ができることとしているにとどまることからしても、技術基準不適合の場合、当然に当該事業用電気工作物の使用が禁止されることになるものではないと解するのが相当である。したがって、技術基準に適合しない事業用電気工作物の使用の継続が、直ちに、商法二七二条にいう法令違反行為を構成することになるものではなく、電気事業法三九条一項違反に基づく差止請求は、違反事実の有無にかかわらず理由がない。

もっとも、仮に、技術基準不適合の事業用電気工作物の使用が法令違反行為に該当すると解したところで、それが会社に回復すべからざる損害を生じる虞れがある場合でなければ、結局は行為の差止めは認められないのであり、他方、会社に回復すべからざる損害を生じる虞れがあるような態様・程度の技術基準不適合が認められる場合には、使用停止等の命令の有無にかかわらず、通常、使用継続に取締役の善管注意義務違反を認めるべきであろうから、右の点をいかに解するかは、本件の結論に実質的な差異をもたらすものとはいえないと思われる。

三  争点2(善管注意義務・忠実義務違反の有無)について

1 原子炉施設の事故により、施設外に放射能物質を漏出させた場合、会社の被る経済的損害を含め、その被害が甚大なものとなる可能性があることは明らかであるから、原子炉施設を設置・運用する会社の取締役には、右のような事故を引き起こすことがないように原子炉施設の安全性を維持し、右安全性に疑問があるときには、直ちに原子炉の運転を停止させることにより、事故の発生を未然に防止する注意義務があることはいうまでもない(なお、本件原子力発電機は本件事故後運転を再開しているが、会社の業務執行の一環としての原子炉の運転については、代表取締役が、日々、原子炉を会社の業務執行の用に供しているという継続的な作為を認めることができるから、商法二七二条による差止めの対象になり得るものと解すべきである)。

もっとも、原子炉施設の安全性・健全性に関する評価・判断は、極めて高度の専門的・技術的事項にわたる点が多いから、原子炉施設を設置・運用する会社の取締役としては、特段の事情がない限り、会社内外の専門家ないし専門機関の評価・判断に依拠することができ、また、そうすることが相当であるというべきである。

2 前述のとおり、本件事故後、本件原子炉については、東京電力自身により事故原因の調査、再発防止対策等の検討が行われたほか、監督官庁である通産省資源エネルギー庁において、原子力工学、機械工学等の専門家から成る調査特別委員会を設置して、事故原因の調査、再発防止対策等の検討に当たらせ、東京電力は、右調査特別委員会の調査・検討結果に基づく資源エネルギー庁長官の指示に従い、原子炉容器内等に流入した金属片・金属粉の洗浄・回収を進めるとともに、本件再循環ポンプ水中軸受の完全溶込み溶接型への交換、運転マニュアルの変更、安全管理体制の整備等の再発防止対策を実施した。そして、金属片等の回収結果の報告を待って、右調査特別委員会は、本件原子炉施設の健全性評価を行い、損傷のあった機器、燃料等のうち、取り替えられる水中軸受等以外の機器等についても、点検の結果、異常が認められないか、接触跡等は認められるものの健全性には影響がないことを確認し、残存金属片・金属粉が衝突、かみ込み、閉塞、フレッティング、付着といった態様により各種機器や燃料の機械的強度、機能等に及ぼす影響について、いずれもその発生の可能性が極めて小さいか、可能性が考えられるものであっても安全性に影響を及ぼすものではないことを確認し、これらの評価の結果、本件事故に関しては、今後のプラント運転に当たって、安全上問題となる事項は認められなかったと結論付けた。さらに、総理府に設置された原子力安全委員会は、同委員会に設けられた原子炉安全専門審査会の発電用炉部会における調査審議に基づいて、資源エネルギー庁の原因と対策に関する調査結果及び健全性評価結果の内容を妥当なものと判断した。右原子炉安全専門審査会発電用炉部会も、原子炉関係の専門家多数で構成され、本件プラントの機器等の健全性は、改良された水中軸受を含め、安全確保上支障がないと認めている。

資源エネルギー庁という東京電力にとって監督官庁の立場にある機関及び原子力安全委員会という原子炉等の安全確保のための規制に関する事項を所掌事務とする(原子力委員会及び原子力安全委員会設置法一三条)公的機関が、専門家の調査・検討に基づいて下した評価・判断は、東京電力の取締役としても、通常、依拠することができ、また、依拠することが相当な評価・判断というべきであるから、右資源エネルギー庁及び原子力安全委員会の評価・判断に基づき、事故防止対策を講じた上で、本件原子力発電機が安全な状態にあるものと判断して、その運転再開を命じた被告らの行為には、特段の事情がない限り、善管注意義務・忠実義務違反(以下、単に「善管注意義務違反」という)は認められない。

3(一) 原告らは、善管注意義務違反に当たる事由として、最終的には、〈1>共振現象を防止するために再循環ポンプの水中軸受を一体遠心鋳造型にすべきである、〈2>損傷を受けた本件再循環ポンプのケーシングを新品と取り替えるべきである、〈3>不適切な施工方法で溶接された再循環ポンプと主配管の接続工事をやり直す必要があるという三点を主張する。このうち、〈1>と〈2>は、資源エネルギー庁及び原子力安全委員会による安全性評価の妥当性を争うものであり、善管注意義務違反に関する前記の判断基準を前提とすると、特段の事情の存在を主張するものと解することができないではない(ちなみに、電気事業法三九条一項違反の主張も、ほぼ同様の点を問題とするものである)。

(二) そこでまず、〈1>の水中軸受については、原告らが主張する共振現象の存在は、前述のように資源エネルギー庁及び原子力安全委員会もこれを認めるものであり、その存在を前提としながら、再循環ポンプの安全性を肯認しているものである。例えば、原子力安全委員会の判断の基礎となった原子炉安全専門審査会発電用炉部会の調査審議結果は、完全溶込み溶接を採用した水中軸受は、共振を考慮しても応力は疲労限度に対して十分な余裕を持つことが解析で示されているとしている。一体遠心鋳造型の水中軸受に替えた場合、本件事故と同様の周波数成分による共振現象を防ぐことが可能であるとすれば(甲二〇の数値の正確性を確認できる資料はないが、その点は置くとして)、その方がより望ましいとはいえようが、十分な安全性が確保されている限り、少なくとも善管注意義務違反の問題は生じないというほかない(同時に、会社に回復すべからざる損害を生ずる虞れも認められないこととなろう)。〈1>の点は、善管注意義務違反を認めるべき、前記特段の事情に当たらない。

(三) 次に、〈2>のケーシングについては、原告らは、その厚さの不足と内部欠陥の存在の可能性を問題としている。技術基準省令及び同告示上、本件再循環ポンプのケーシングに必要とされる厚さは、超音波探傷試験又は放射線透過試験に合格した場合は七七・四ミリメートル、右各試験に合格せず磁粉探傷試験又は浸透探傷試験に合格した場合は九一・三ミリメートルである。本件ケーシングが、その製造時に超音波探傷試験又は放射線透過試験に合格していたかどうかについての直接証拠はないが(《証拠略》によれば、使用前検査の終了時に施設全体についての検査合格証が出されるだけで、各試験毎に合格証が出されるわけではないように思われる)、《証拠略》において、本件ケーシングに必要な厚さが七七・四ミリメートルであるとされていることから、本件ケーシングは、いずれかの試験に合格していたと推認され、右認定を覆すに足りる証拠はない。そして、本件事故による修理前の本件ケーシングの厚さの最小値は、その設計値が九二ミリメートルであることから、これを下回るものではないと認められ、修理による肉厚減少は最大〇・五ミリメートル程度であるから、本件ケーシングは、修理後においても技術基準を満たしているものと認められる(《証拠略》及び証人乙葉は、修理後の実測最小値が一〇五ミリメートルであるとするが、甲六二における東京電力側の説明を見る限り、これが厳密な意味での実測最小値であるのか曖昧な点もあり、甲三〇、乙二に右数値が出ていないことも考慮すると、右数値をそのまま採用するのは相当でない)。もっとも、修理後運転再開前の検査においては、前記認定のとおり、水切り部の先端から約八〇ミリメートルの部分の全肉厚について放射線透過試験を実施し、ケーシング及び分流壁の内側表面約三・四九平方メートルについて浸透探傷試験、深さ約三〇ミリメートルの表面近傍約一・九二平方メートルについて超音波探傷試験をそれぞれ実施したにとどまるので、運転再開時には九一・三ミリメートルが基準となると考えるべきであるとすると、必要な厚さにぎりぎりの数値となっている可能性もあるが、その場合でも極めて軽微な技術基準違反の疑いがあり得るに過ぎず、ケーシングの強度に対する影響は無視し得る程度と考えられるから、このことだけでは、運転の差止めを認めるべき善管注意義務違反があるとはいえない。

原告らは、本件ケーシングは鋳鋼であるために、製造時から内部に欠陥が存在し、本件事故によりその欠陥が成長している可能性があると主張する。しかし、この点は、原子炉安全専門審査会発電炉部会の調査審議において検討の対象とされ、現在得られている工学的知見からは内部に欠陥が生じている可能性は極めて低いと評価・判断されていることは前述のとおりであるから、仮に右評価・判断の妥当性について論議の余地があるとしても、東京電力の取締役らの善管注意義務違反を認めるべき、前記特段の事情があるとはいえない。

(四) 最後に、〈3>の配管工事の点については、平井証人は、本件原子炉施設を建設する際の原子炉再循環系配管工事において、再循環ポンプと主配管との溶接が、本来採られるべき施工順序とは逆に最後に行われていたこと、再循環ポンプ側の開先と主配管側の開先とが一〇ミリメートル程度ずれていたため、配管をチェーンブロックで引っ張り開先を無理矢理合わせていたのを目撃した旨証言する。しかし、右証言は、相反する証拠があることを別としても、目撃の状況及び内容の真実性、正確性を裏付ける証拠を全く欠いており、平井証言のみをもってその証言内容に沿う事実を認定することは、とてもできない。右事実の存在を前提とする善管注意義務違反の主張は、理由がない。

4 原告らは、右〈1>ないし〈3>の欠陥の有無が真偽不明であるとしても、右欠陥の指摘には一定の根拠があるから、代表取締役には新たな調査義務が生じているのに、被告らはこの義務を尽くしていないと主張する。

しかし、〈1>及び〈2>の点は、右に述べたとおり、基本的に、本件原子力発電機の運転再開までの間に調査・検討・論議されたことの繰り返しであり、また〈3>の点も、平井証言のみをもって、取締役の行為の差止めの原因となる善管注意義務違反を生じさせるだけの事情が存在するとまで認めることは困難である。

四  結論

よって、その余の点について判断するまでもなく、原告らの主位的請求及び予備的請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第八部

(裁判長裁判官 金築誠志 裁判官 池田光宏 裁判官 武笠圭志)

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